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上 筑波嶺に登りて嬥歌會せし日に作る歌一首並びに短歌 巻9-1759 高橋連虫麿
鷲の住む 筑波の山の 裳羽服津の その津の上へに率ひて 未通女(おとめ)壮士(おとこ)の 行き集ひ かがふ嬥歌に 人妻に 吾も交はらむ あが妻に 他も言問へ この山を 領く神の昔より 禁めぬ行事ぞ 今日のみは めぐしもな見そ 言も咎むな 嬥歌は東の俗語にかがひと曰ふ 反歌
男の神に 雲立ちのぼり 時雨ふり
濡れ通るとも われ帰らめや
万葉集巻9-1760
上左 飯名神社
つくばの道を少し外れた臼井にある 創建は不明なるも奈良時代(713~722)の常陸風土記の信太郡の条に「其の里の西に飯名の社此即筑波の岳に所有飯名の神の別属なり」とあるから相当古い |
上 筑波神社鳥居前にある日本の道百選つくば道の碑
左端下 万葉集巻14-3351 飯名神社境内
筑波嶺に 雪かも降らる いなをかも かなしき兒ろが 布乾さるかも
のいなをかは万葉仮名で伊奈乎可とあるので 飯奈(名)岡・稲岡・否応かと解釈されている 否応かと飯名岡を掛けてるかもしれな |
上 筑波山神社入り口
古より神の御山として信仰を集めてきた筑波山神社は天地開闢の縁起を基に男体山に筑波男大神として伊弉諾尊・女体山に筑波女大神として伊弉冊尊を祀る 常陸風土記には『なにはさておき』と祖神様を歓待された筑波の神様を称え又万葉集でも『二神の貴き山』と詠んで天地開闢の祖神として往古より人々の尊崇を集める 筑波山縁起によれば古事記にある伊弉諾/伊弉冊による国生みで生み出された『おのころ島』は筑波山であるという
常陸風土記歌謡
筑波峰に 逢はむと 言ひし子は
誰が言けばか 峰逢はずけむ
筑波峰に 廬りて 妻無しに
我が寝む夜ろは 早も明けぬかも
嬥歌で相手がいなかったボヤキの歌らしい |